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たこの浦の底さへにほふ藤波を
かざして行かん見ぬ人のため

歌の意味
たこの浦の水底までも美しく照り映える藤の花房を、髪に挿して帰ろう。まだ見ていない人のために。
鑑賞
巻第二 夏歌 88

詞書「たこの浦の藤の花を見侍りて」
 水底にまで色が照り映えるたこの浦の藤を、見ていない人のために髪に挿して持ち帰ろうと詠む。美しい景を自分だけで終わらせず、都や家にいる人と分かち合おうとする心が素直に表れている。詞書によれば、たこの浦の藤の花を見て詠んだ歌である。
 作者の「柿本人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれる。三十六歌仙の一人に数えられる。
 この歌は万葉集巻十九に、天平勝宝二年に越中国の布勢の水海に遊覧し、多祜の浦で藤の花を望み見て詠んだ歌の一首として、内蔵縄麻呂の作として見える。拾遺和歌集では人麻呂の歌として収められている。

 初句「たこの浦の」は、藤の名所である浦をいう。万葉集では越中国の多祜の浦である。
 二句「底さへにほふ」は、水底までも照り映える、の意である。「にほふ」は色が美しく映えることをいい、「さへ」は添加の副助詞である。前歌の「底に映れば」と同じく、水底に映る藤を詠み、二首が対をなす。
 三句「藤波を」は、藤の花房を波に見立てた語で、浦の縁語ともなっている。本歌で第八十三首からの藤の一連が結ばれる。
 四句「かざして行かん」は、髪に挿して行こう、の意で、「ん」は意志の助動詞である。ここで句切れとなり、結句と倒置の関係になる。
 結句「見ぬ人のため」は、まだ見ていない人のために、の意で、四句の理由を倒置によって後から示す。前歌が波に折られる藤を惜しんだのに対し、本歌は自ら手折って人に伝えようとする点で対照的である。

にほふ:色が美しく照り映える
かざす:草花を髪や冠に挿す
作者
柿本人麻呂
出典
拾遺和歌集
前の歌
手も触れで惜しむかひなく藤の花 底に映れば波ぞ折りける
次の歌
卯の花を散りにし梅にまがへてや 夏の垣根に鶯の鳴く