- 歌の意味
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都の人は寝ないで待っているだろうか、いや待ってはいないだろう。ほととぎすは今まさに山のあたりを鳴きながら出てくるようだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 102
詞書「寛和二年内裏歌合に」
ほととぎすが今まさに山辺を鳴いて出てくるのを聞きながら、都の人々は寝ずに待ってなどいないだろうと思いやる歌である。初音を待つことにかけては自分の方がまさるという自負と、山里近くでいち早く声を聞く喜びがうかがえる。詞書によれば、花山天皇の寛和二年に催された内裏歌合に出された一首である。
作者の「右大将道綱母」は藤原道綱母である。藤原倫寧の娘で、藤原兼家の妻となり、道綱を生んだ。蜻蛉日記の作者として知られる。
初句「都人」は、都に住む人々をいう。山辺で声を聞く自分と、都で眠る人々を対比させ、遠近の対比を一首の骨組みとする。
二句「寝で待つらめや」は、寝ないで待っているだろうか、いや待ってはいまい、の意で、「らめ」は現在推量の助動詞「らむ」の已然形、「や」は反語の係助詞である。ここで句切れとなる。
三句「郭公」は、山辺から出てくるほととぎすをいう。
四句「今ぞ山辺を」は、「ぞ」が係助詞で、結句の「なる」で結ぶ係り結びとなる。本巻の第百首、第百一首に続き、山を出るほととぎすを詠む。
結句「鳴きて出づなる」は、鳴きながら出てくるようだ、の意で、「なる」は音によって推定する助動詞「なり」の連体形である。第百首の「鳴き渡るなる」と同じく、声だけで姿を推し量っている。
みやこびと:都に住む人
- 作者
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藤原道綱母
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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み山出でて夜半にや来つる郭公 暁かけて声の聞こゆる
- 次の歌
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山がつと人は言へども郭公 まづ初声は我のみぞ聞く