あしひきの山郭公今日とてや
あやめの草のねにたてて鳴く
- 歌の意味
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山のほととぎすは、今日が端午の節句だというのであろうか、あやめ草の根ではないが、声を立てて鳴いていることだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 111
詞書「題しらず」
端午の節句の今日、山のほととぎすが声を立てて鳴くのを、今日という日を知っているからだろうかと興じた歌である。「ね」にあやめ草の根と鳴く音を掛け、節句の景物であるあやめ草とほととぎすを結びつけている。
作者の「延喜御製」は醍醐天皇である。宇多天皇の皇子で、その治世は延喜の治と称えられ、古今和歌集の撰進を命じた。
初句「あしひきの」は、「山」にかかる枕詞である。本文では「葦引」の字を当てている。
二句「山郭公」は、山にいるほととぎすをいう。前歌までのあやめ草の歌に、ほととぎすを取り合わせている。
三句「今日とてや」は、今日だというので、の意で、「や」は疑問の係助詞であり、結句の「鳴く」で結ぶ係り結びとなる。
四句「あやめの草の」は、本巻の第百八首、第百十首と同じ語句で、結句の「ね」を導く序となっている。
結句「ねにたてて鳴く」は、「ね」にあやめ草の根の意と鳴く声の意を掛けた掛詞である。端午の節句ではあやめ草の根の長さを競う根合わせも行われ、その縁で根と音が響き合う。三句の「や」を受けて連体形の「鳴く」で結ぶ。
ね:あやめ草の根の意と、鳴く声の意を掛ける
あしひき:「山」「峰」などにかかる枕詞
- 作者
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醍醐天皇
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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今日見れば玉のうてなもなかりけり あやめの草のいほりのみして
- 次の歌
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誰が袖に思ひよそへて郭公 花橘の枝に鳴くらん