あやしくも鹿のたちどの見えぬかな
をぐらの山に我や来ぬらん
- 歌の意味
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不思議なことに鹿のいる所が見えないことだ。暗いという名の小倉山に、私は来てしまったのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 128
詞書「九条右大臣家の賀の屏風に」
照射の火をともしても鹿の居場所が見えないのを不思議がり、小暗いという名をもつ小倉山に来てしまったからだろうかと興じた歌である。「をぐら」に小倉山の名と小暗しの意を掛け、地名の名に原因を求める機知の歌である。詞書によれば、藤原師輔の家の賀の屏風に添えた歌である。
作者の「平兼盛」は、光孝天皇の流れをくむ平氏の出で、平安時代中期の歌人である。天徳四年の内裏歌合での活躍で知られ、三十六歌仙に数えられる。
初句「あやしくも」は、不思議なことに、の意である。
二句「鹿のたちどの」は、前歌の四句と同じ語句で、二首が対をなす。前歌で照射の火が示した鹿の居場所が、本歌では見えない。
三句「見えぬかな」は、見えないことよ、の意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。ここで句切れとなる。
四句「をぐらの山に」は、「をぐら」に山城国の小倉山の名と、小暗しの意を掛けた掛詞である。本巻の第百三十五首でも小倉山の名が詠まれる。
結句「我や来ぬらん」は、私は来てしまったのだろうか、の意で、「や」は疑問の係助詞であり、「らん」は現在推量の助動詞の連体形で結ぶ係り結びとなる。
たちど:立っている所。居場所
をぐら:山城国の小倉山の名と、小暗し(ほの暗い)の意を掛ける
- 作者
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平兼盛
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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五月山木の下闇にともす火は 鹿のたちどのしるべなりけり
- 次の歌
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行く末はまだ遠けれど夏山の 木の下陰ぞ立ち憂かりける