行く末はまだ遠けれど夏山の
木の下陰ぞ立ち憂かりける
- 歌の意味
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行く先はまだ遠いけれども、夏山の木陰は涼しくて、立ち去りがたいことだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 129
詞書「女四のみこの家の屏風に」
旅の行く先はまだ遠いと分かっていながら、夏山の木陰の涼しさに引かれて、立ち去りがたく感じる心を詠む歌である。先を急ぐべき旅人が涼しさにとどまってしまう、夏ならではの心の動きをとらえている。詞書によれば、醍醐天皇の皇女で女四宮と呼ばれた勤子内親王の家の屏風に添えた歌とされる。
作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、紀貫之と並び称された。三十六歌仙に数えられる。
初句「行く末は」は、旅の行く先は、の意である。
二句「まだ遠けれど」は、まだ遠いけれども、の意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
三句「夏山の」は、木々の茂った夏の山をいう。次歌の第百三十首も「夏山の」で始まり、二首が対をなす。
四句「木の下陰ぞ」は、木の下の陰が、の意で、「ぞ」は係助詞であり、結句の「ける」で結ぶ係り結びとなる。前歌までの暗い木の下闇に対し、ここでは涼しい木陰として詠まれている。
結句「立ち憂かりける」は、立ち去りがたいことだ、の意で、「ぞ」を受けて連体形の「ける」で結ぶ。次歌の「立ちとまるらん」と響き合い、旅人を引き留める夏山の木陰という主題を共有している。
こしたかげ:木の下の陰。木陰
たちうし:その場を立ち去るのがつらい
- 作者
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凡河内躬恒
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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あやしくも鹿のたちどの見えぬかな をぐらの山に我や来ぬらん
- 次の歌
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夏山の影を茂みや玉鉾の 道行く人も立ちとまるらん