松影の岩井の水をむすびあげて
夏なき年と思ひけるかな
- 歌の意味
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松の木陰にある岩間の泉の水を手ですくい上げると、その涼しさに、今年は夏のない年だと思ったことだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 131
詞書「河原院の泉のもとに涼み侍りて」
松陰の岩間から湧く泉の水を手ですくい上げ、その冷たさに、今年は夏のない年かと思ったと詠む歌である。泉の涼しさを、夏そのものが消えたかのような驚きで表した一首である。詞書によれば、河原院の泉のほとりで涼んだときに詠んだ歌である。
作者の「恵慶法師」は、平安時代中期の僧、歌人である。河原院に住んだ安法法師のもとに集まった歌人たちと交流した。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「松影の」は、松の木陰の、の意である。前歌までの夏山の木陰を受け、木陰と涼しさを詠む歌が続く。
二句「岩井の水を」は、岩の間から湧き出る泉の水を、の意である。河原院の泉をさす。
三句「むすびあげて」は、両手ですくい上げて、の意で、字余りとなっている。
四句「夏なき年と」は、夏のない年と、の意である。本巻が夏の訪れを詠む歌で始まったのに対し、本歌は夏そのものがないかのように感じる涼しさを詠み、巻の終わりに向けて夏の暑さと涼の主題を転じている。
結句「思ひけるかな」は、思ったことよ、の意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。
いはゐ:岩の間から湧き出る泉。岩井
むすぶ:水を両手ですくう
かはらのゐん:源融が営んだ邸宅。河原院
- 作者
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恵慶
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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夏山の影を茂みや玉鉾の 道行く人も立ちとまるらん
- 次の歌
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いづこにも咲きはすらめど我が宿の やまとなでしこ誰に見せまし