さばへなす荒ぶる神もおしなべて
今日はなごしの祓なりけり
- 歌の意味
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夏の蠅のように騒がしく荒々しい神々も、すべて今日は和らげられる夏越の祓の日であることだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 134
詞書「題しらず」
荒々しい神々もみな一様に和らげられる、今日は夏越の祓の日であると詠む歌である。「なごし」に夏越と和ごしを掛け、六月晦日の祓えによって荒ぶる神を鎮める意を言葉の上でも示している。
作者の「藤原長能」は、平安時代中期の歌人で、藤原倫寧の子である。藤原道綱母の弟にあたり、能因法師の師として知られる。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「さばへなす」は、五月頃の蠅のように騒がしい、の意で、「荒ぶる神」にかかる枕詞である。
二句「荒ぶる神も」は、荒々しく人に害をなす神も、の意である。
三句「おしなべて」は、すべて一様に、の意である。
四句「今日はなごしの」は、「なごし」に夏越の意と、和ごす、すなわち和らげる意を掛けた掛詞である。前歌の祓えを受け、六月晦日の夏越の祓を詠む。
結句「祓なりけり」は、祓えの日であることだ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。夏の終わりの行事である夏越の祓によって、本巻は夏の終わりへと向かう。
さばへ:陰暦五月頃に群がって騒がしい蠅
なごし:六月晦日に行う夏越の祓の意と、荒ぶる神を和ごす意を掛ける
- 作者
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藤原長能
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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底清み流るる河のさやかにも はらふることを神は聞かなん
- 次の歌
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紅葉せばあかくなりなんをぐら山 秋待つほどの名にこそありけれ