荻の葉のそよぐ音とこそ秋風の
人に知らるる初めなりけれ
- 歌の意味
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荻の葉がそよそよと鳴る音こそが、秋風が吹いたと人に知られる始まりであったのだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 139
詞書「延喜御時御屏風に」
荻の葉がそよぐ音によって、人は秋風の訪れを初めて知るのだと詠む歌である。目には見えない秋風を、耳に届く荻の葉音でとらえ、秋の気配の感じ始めを示している。詞書によれば、醍醐天皇の延喜の御代の屏風に添えた歌である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
なお本文の二句は「そよくねとこそ」とあり、読み仮名の行の「そよくおとこそ」と一致しない。ここでは本文の表記に従い、「音」を「ね」と読む。
初句「荻の葉の」は、水辺などに生える荻の葉をいう。荻は秋風にそよぐ音を立てるものとして詠まれた。本巻の第百六十二首でも荻の葉のそよぎが詠まれ、雁の声を待つ心と結びつけられている。
二句「そよぐ音とこそ」は、そよそよと鳴る音こそ、の意で、「こそ」は係助詞であり、結句の「けれ」で結ぶ係り結びとなる。
三句「秋風の」は、秋になって吹く風をいう。前歌が時雨と紅葉で秋を思い描いたのに対し、本歌は風の音によって秋をとらえている。
四句「人に知らるる」は、人に知られる、の意で、「るる」は受身の助動詞「る」の連体形である。
結句「初めなりけれ」は、始まりであったのだ、の意で、「けれ」は気づきの「けり」の已然形であり、二句の「こそ」を受けて結ぶ。
をぎ:イネ科の多年草。水辺に生え、秋風にそよぐ葉音が詠まれた。荻
そよぐ:風に吹かれてそよそよと音を立てる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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秋は来ぬ竜田の山も見てしかな 時雨れぬ先に色や変はると
- 次の歌
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八重葎茂れる宿の寂しきに 人こそ見えね秋は来にけり