八重葎茂れる宿の寂しきに
人こそ見えね秋は来にけり
- 歌の意味
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幾重にも葎が生い茂っている宿の寂しいところに、訪れる人の姿は見えないが、秋だけはやって来たことだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 140
詞書「河原院にて、荒れたる宿に秋来といふ心を人々詠み侍りけるに」
葎が生い茂って荒れ果てた宿には訪ねてくる人もいないが、秋だけは変わらずにやって来たと詠む歌である。人の訪れのない寂しさと、季節の確かな訪れとの対比に、荒廃した邸の秋の寂寥が深く表れている。詞書によれば、河原院で、荒れた宿に秋が来るという題を人々が詠んだときの歌である。河原院は源融が営んだ壮麗な邸であったが、この頃には荒れていた。小倉百人一首にも採られている。
作者の「恵慶法師」は、平安時代中期の僧、歌人である。河原院に住んだ安法法師のもとに集まった歌人たちと交流した。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「八重葎」は、幾重にも生い茂った葎をいい、荒れた家の象徴として詠まれる。
二句「茂れる宿の」は、茂っている宿の、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
三句「寂しきに」は、寂しいところに、の意である。
四句「人こそ見えね」は、人の姿は見えないが、の意で、「こそ」は係助詞であり、打消の助動詞「ず」の已然形「ね」で結ぶ係り結びとなる。「こそ〜ね」の形で逆接の意を含んで下に続く。
結句「秋は来にけり」は、秋は来たのだなあ、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。本巻の第百三十八首の初句「秋は来ぬ」と呼応し、人の来ない宿にも秋だけは来るという対比で一首を結んでいる。
やへむぐら:幾重にも生い茂った葎。荒れた家のさまをいう
むぐら:つる草などの雑草の総称。葎
かはらのゐん:源融が営んだ邸宅。河原院
- 作者
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恵慶
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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荻の葉のそよぐ音とこそ秋風の 人に知らるる初めなりけれ
- 次の歌
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秋立ちて幾日もあらねどこの寝ぬる 朝明の風は手本涼しも