日暮らしに見れども飽かぬ女郎花
野辺にや今宵旅寝しなまし
- 歌の意味
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一日中見ていても見飽きることのない女郎花よ。いっそこの野辺で、今夜は旅寝をしてしまおうか。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 161
詞書「嵯峨に前栽掘りにまかりて」
一日中見ていても飽きない女郎花の美しさに心ひかれ、いっそ今夜はこの野辺で旅寝をしようかと思う歌である。庭に移すために掘りに来た花を前にして、野にあるままの美しさに去りがたい心が表れている。詞書によれば、嵯峨野へ庭の前栽にする草花を掘りに出かけたときの歌である。
作者の「藤原長能」は、平安時代中期の歌人で、藤原倫寧の子である。藤原道綱母の弟にあたり、能因法師の師として知られる。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「日暮らしに」は、一日中、の意である。
二句「見れども飽かぬ」は、見ても見飽きない、の意で、「ども」は逆接の接続助詞である。
三句「女郎花」は、嵯峨野に咲く女郎花をいう。ここで句切れとなる。
四句「野辺にや今宵」は、野辺で今夜、の意で、「や」は疑問の係助詞であり、結句の「まし」で結ぶ係り結びとなる。
結句「旅寝しなまし」は、旅寝をしてしまおうか、の意で、「な」は完了の助動詞、「まし」はためらいを表す助動詞である。本巻の第百五十七首では女郎花のゆえに人が宿ったのに対し、本歌は自らが女郎花のもとに宿ろうとしており、宿らせる側と宿る側とが反転している。
せんざい:庭に植えた草木。前栽
たびね:旅先で寝ること。旅寝
- 作者
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藤原長能
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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白露の置く妻にする女郎花 あなわづらはし人な手触れそ
- 次の歌
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荻の葉もややうちそよぐほどなるを など雁がねの音なかるらん