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紅葉せぬ常磐の山は吹く風の
音にや秋を聞きわたるらん

歌の意味
紅葉することのない常磐の山は、吹く風の音によって、秋が来たことを聞き知り続けているのだろうか。
鑑賞
巻第三 秋歌 189

詞書「題しらず」
 名のとおり常緑で紅葉しない常磐の山は、色で秋を知ることができないので、吹く風の音によって秋を聞き知っているのだろうかと思いやる歌である。紅葉する山々の中で、色の変わらない山の秋の知り方に思いを寄せた機知の歌である。
 作者の「大中臣能宣」は、平安時代中期の歌人で、伊勢神宮の祭主を務めた大中臣氏の出である。梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わり、三十六歌仙に数えられる。

 初句「紅葉せぬ」は、紅葉しない、の意である。次歌の第百九十首も同じ「紅葉せぬ」で始まり、同じ作者による二首が対をなす。
 二句「常磐の山は」は、山城国の常磐の山をいい、「常磐」に常に変わらない意を響かせる。
 三句「吹く風の」は、山に吹く秋風をいう。
 四句「音にや秋を」は、音によって秋を、の意で、「や」は疑問の係助詞であり、結句の「らん」で結ぶ係り結びとなる。本巻の第百三十九首が荻の葉音で秋を知ると詠んだのと同じく、音によって秋を知る趣向である。
 結句「聞きわたるらん」は、聞き知り続けているのだろうか、の意で、「らん」は現在推量の助動詞の連体形である。紅葉の色で秋を知る山々に対し、色の変わらない山は音で秋を知るとし、色の有無の対比をなしている。

ときはのやま:山城国の常磐の山。常緑で変わらない意を響かせる歌枕
ききわたる:聞き続ける
作者
大中臣能宣
出典
拾遺和歌集
前の歌
神奈備の御室の山を今日見れば 下草かけて色づきにけり
次の歌
紅葉せぬ常磐の山に住む鹿は おのれ鳴きてや秋を知るらん