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訪ふ人も今はあらしの山風に
人まつ虫の声ぞ悲しき

歌の意味
訪ねてくる人も今はもういないだろう。嵐の吹く山風の中で、人を待つという松虫の声が悲しく聞こえることだ。
鑑賞
巻第三 秋歌 205

詞書「題しらず」
 激しい山風が吹く晩秋には、もう訪ねてくる人もいないだろうに、なおも人を待つという松虫の声が悲しく響くと詠む歌である。「あらし」と「まつ」の二つの掛詞を用い、人の訪れの絶えた山里の寂しさを描いている。

 初句「訪ふ人も」は、訪ねてくる人も、の意である。
 二句「今はあらしの」は、「あらし」に、あるまいの意の「あらじ」と、嵐の意を掛けた掛詞である。
 三句「山風に」は、山から吹きおろす風に、の意で、二句の嵐を受ける。
 四句「人まつ虫の」は、「まつ」に人を待つ意と、虫の名の松虫を掛けた掛詞で、本巻の第百八十一首の四句と同じ語句である。第百八十一首が約束の頃を過ぎても待ち続ける松虫を詠んだのに対し、本歌は訪れる人がもういないと知りつつ待つ松虫を詠み、待つ心の寂しさをいっそう深めている。
 結句「声ぞ悲しき」は、声が悲しいことだ、の意で、「ぞ」の係り結びにより連体形の「悲しき」で結ぶ。

あらし:あるまいの意の「あらじ」と、嵐の意を掛ける
まつむし:人を待つ意と、虫の名の松虫を掛ける
とふ:訪れる。訪ふ
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
今よりは紅葉のもとに宿りせじ 惜しむに旅の日数経ぬべし
次の歌
散りぬべき山の紅葉を秋霧の やすくも見せず立ち隠すらん