朝まだきあらしの山の寒ければ
紅葉の錦着ぬ人ぞなき
- 歌の意味
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朝早く、嵐山に吹く嵐が寒いので、散りかかる紅葉の錦を衣として着ていない人はいないことだ。
- 鑑賞
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巻第三 秋歌 210
詞書「嵐の山のもとをまかりけるに、紅葉のいたく散り侍りければ」
朝早く嵐山のふもとを通ると、嵐が寒々と吹いて紅葉がしきりに散りかかり、行く人はみな紅葉の錦を身にまとっているようだと詠む歌である。「あらし」に嵐山と嵐とを掛け、散りかかる紅葉を錦の衣に見立てた華やかな一首である。詞書によれば、嵐山のふもとを通ったとき、紅葉がひどく散っていたのを見て詠んだ歌である。大鏡には、大井川での遊覧の折の歌として、初句を「小倉山」とする形で伝えられる。
作者の「右衛門督公任」は藤原公任である。関白藤原頼忠の子で、権大納言に至った。和漢朗詠集を編み、拾遺抄の撰者とされる。中古三十六歌仙に数えられる。
初句「朝まだき」は、朝早く、まだ夜が明けきらない頃、の意である。
二句「あらしの山の」は、「あらし」に山城国の嵐山の名と、激しく吹く嵐の意を掛けた掛詞である。本巻の第二百五首、第二百七首に続き、嵐が詠まれる。
三句「寒ければ」は、寒いので、の意で、「ば」は確定条件を表す。
四句「紅葉の錦」は、散りかかる紅葉を錦に見立てた語である。本巻の第百九十六首と同じ語句で、山路に積もる錦であった紅葉が、本歌では人が身にまとう錦の衣となっている。
結句「着ぬ人ぞなき」は、着ていない人はいない、の意で、「ぞ」の係り結びにより連体形の「なき」で結ぶ。二重否定によって、誰もが紅葉の錦を着ていることを強調している。
あさまだき:朝早く。まだ夜が明けきらない頃
あらし:山城国の嵐山の名と、嵐の意を掛ける
- 作者
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藤原公任
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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心もて散らんだにこそ惜しからめ などか紅葉に風の吹くらん
- 次の歌
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秋霧の峰にも尾にもたつ山は 紅葉の錦たまらざりけり