時雨ゆゑかづく袂をよそ人は
紅葉を払ふ袖かとや見ん
- 歌の意味
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時雨のために頭にかぶっている袂を、よその人は、散りかかる紅葉を払う袖かと見るだろうか。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 222
詞書「屏風に」
時雨を避けて袂を頭にかぶっている人の姿を、離れて見る人は散りかかる紅葉を払っている袖と見るだろうかと詠む歌である。時雨と紅葉という初冬の景物を、見る人の目の取り違えという機知で結びつけている。詞書によれば、屏風に添えた歌で、屏風絵に描かれた人物に寄せて詠んでいる。
作者の「平兼盛」は、光孝天皇の流れをくむ平氏の出で、平安時代中期の歌人である。天徳四年の内裏歌合での活躍で知られ、三十六歌仙に数えられる。
初句「時雨ゆゑ」は、時雨のために、の意である。
二句「かづく袂を」は、頭にかぶっている袂を、の意である。
三句「よそ人は」は、関わりのない他人は、の意で、離れて見る者をいう。
四句「紅葉を払ふ」は、散りかかる紅葉を払いのける、の意である。時雨は紅葉を散らすものでもあり、時雨と紅葉が一つの袖の上で取り違えられる。
結句「袖かとや見ん」は、袖かと見るだろうか、の意で、係助詞「や」を受けて推量の助動詞「ん」の連体形で結ぶ。二句の「袂」とこの「袖」とが対応している。
かづく:衣などを頭にかぶる
よそびと:自分と関わりのない人。他人
- 作者
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平兼盛
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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流れくる紅葉葉見れば唐錦 滝の糸もて織れるなりけり
- 次の歌
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蘆の葉に隠れて住みし津の国の こやもあらはに冬は来にけり