冬されば嵐の声もたかさごの
松につけてぞ聞くべかりける
- 歌の意味
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冬になると嵐の音も高くなる。その高砂の松に寄せてこそ聞くべきものであったのだ。
- 鑑賞
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巻第四 冬歌 236
詞書「恒徳公の家の屏風に」
冬になって高く響く嵐の音は、高砂の松を吹く音として聞くのがふさわしいと詠む歌である。松風の音を愛でる心と、名所の松の取り合わせを、地名に掛けた言葉の技巧で一つにしている。詞書によれば、恒徳公すなわち藤原為光の家の屏風に添えた歌である。
作者の「よしのふ」は大中臣能宣である。伊勢神宮の祭主を務めた大中臣氏の出で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わった。三十六歌仙に数えられる。
初句「冬されば」は、冬になると、の意で、「さる」は季節が移り来ることをいう。本巻の第二百三十八首の初句「夕されば」と同じ形である。
二句「嵐の声も」は、嵐の音も、の意である。
三句「たかさごの」は、声が高い意の「高し」と、播磨国の松の名所である高砂とを掛ける。次歌の第二百三十七首も「高砂の松」を詠み、同じ屏風の歌として並んでいる。
四句「松につけてぞ」は、松に寄せてこそ、の意で、係助詞「ぞ」による強調である。
結句「聞くべかりける」は、聞くべきものであったのだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ。
たかさご:声が高い意と、播磨国の歌枕の高砂とを掛ける
さる:季節や時が移り来る
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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冬寒み凍らぬ水はなけれども 吉野の滝は絶ゆる世もなし
- 次の歌
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高砂の松に住む鶴冬来れば 尾上の霜や置きまさるらん