古典和歌stream

浦近く降りくる雪は白波の
末の松山越すかとぞ見る

歌の意味
浦の近くに降ってくる雪は、白波が末の松山を越すのかと見えることだ。
鑑賞
巻第四 冬歌 239

詞書「題しらず」
 浦の近くに降りしきる雪の白さを、白波が末の松山を越えていくさまに見立てた歌である。波が越えることのないものとされた末の松山を持ち出し、ありえない景が現れたかと思わせるほどの雪の激しさを表している。
 作者の「人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれる。三十六歌仙の一人に数えられる。
 末の松山を波が越すという表現は、古今和歌集の東歌に、心変わりのありえないことを、末の松山を波が越えることにたとえた歌があるのを踏まえている。

 初句「浦近く」は、浦の近くに、の意である。
 二句「降りくる雪は」は、降ってくる雪は、の意である。
 三句「白波の」は、白く砕ける波の、の意で、雪の白さを白波に見立てている。
 四句「末の松山」は、陸奥国の歌枕で、波が越えることのないものとされた。
 結句「越すかとぞ見る」は、越すのかと見える、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「見る」で結ぶ。本巻の第二百五十六首も同じく「かとぞ見る」で結び、雪を別のものに見立てている。

すゑのまつやま:陸奥国の歌枕。波が越えることのないものとされた
うら:海や湖が陸地に入り込んだ所。入り江
作者
柿本人麻呂
出典
拾遺和歌集
前の歌
夕されば佐保の河原の川霧に 友まどはせる千鳥鳴くなり
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冬の夜の池の氷のさやけきは 月の光の磨くなりけり