動きなき巌の果ても君ぞ見ん
乙女の袖の撫で尽くすまで
- 歌の意味
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動くことのない巌が最後に尽き果てる時も、あなたは見届けるだろう。天の乙女の袖が撫でつくしてしまうまで。
- 鑑賞
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巻第五 賀歌 300
詞書「賀の屏風に」
天の乙女の袖が撫でつくして、動かぬ巌がついに尽き果てる時までも、君はそれを見届けるだろうと詠む歌である。前歌と同じく劫の喩えを用い、その果てまで生きる長寿を祝って賀の巻を締めくくっている。詞書によれば、賀の屏風に添えた歌である。
作者の「もとすけ」は清原元輔である。清原深養父の孫で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わった。清少納言の父で、三十六歌仙に数えられる。
初句「動きなき」は、動くことのない、の意である。
二句「巌の果ても」は、巌が尽き果てる時も、の意である。巻頭の第二百六十三首の「万代の始め」と巻末の本歌の「巌の果て」とが、始めと果てとで呼応し、賀の巻全体を長久の祝いで包んでいる。
三句「君ぞ見ん」は、あなたは見るだろう、の意で、係助詞「ぞ」を受けて推量の助動詞「ん」の連体形で結ぶ。ここで句切れとなる。
四句「乙女の袖の」は、天の乙女の袖が、の意で、前歌の「天の羽衣」を受けている。
結句「撫で尽くすまで」は、撫でつくしてしまうまで、の意で、倒置によって見届ける時の果てを後に示している。前歌の「撫づとも尽きぬ」に対し、こちらは撫で尽くす時までも見届けるとして対をなしている。
をとめ:ここでは天上の乙女。天人
なでつくす:撫でて、すっかりすり減らしてしまう
- 作者
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清原元輔
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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君が世は天の羽衣まれにきて 撫づとも尽きぬ巌ならなん
- 次の歌
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春霞たつ暁を見るからに 心ぞそらになりぬべらなる