- 歌の意味
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月の光はいくら見ても見飽きないとしても、更級の山の麓に長居はしないでくれ、あなた。
- 鑑賞
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巻第六 別歌 319
詞書「信濃の国に下りける人のもとに、つかはしける」
更級の山の月がいくら見飽きないものであっても、その麓に長居をせず早く帰って来てほしいと呼びかける歌である。月の名所である更級を持ち出し、任地に心を奪われて帰りが遅くなることを案じる親しみのこもった戯れの中に、早い帰京を願う心を込めている。詞書によれば、信濃国に下った人に贈った歌である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
古今和歌集の雑歌の「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」以来、更級の山は月の名所として詠まれ、姨捨の伝説と結びつけられてきた。
初句「月影は」は、月の光は、の意である。本巻の第三百四十首では東路で都の月を恋しく思い、第三百四十七首では旅の空に後れずついて行く月を詠んでおり、月が旅と別れの景として巻の中に繰り返し現れる。
二句「飽かず見るとも」は、いくら見ても飽きないとしても、の意で、「とも」は逆接の仮定を表す。
三句「更級の」は、信濃国の更級で、姨捨山の月で知られる歌枕である。
四句「山の麓に」は、山の麓に、の意である。
結句「長居すな君」は、長居をしてはいけない、あなた、の意で、「な」は禁止の終助詞である。末尾に「君」と呼びかけて親しみを込めている。
つきかげ:月の光
さらしな:信濃国の地名。姨捨山の月で知られる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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拾遺和歌集
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別れ路は渡せる橋もなきものを いかでか常に恋ひわたるべき
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別るれば心をのみぞつくし櫛 さして逢ふべきほどを知らねば