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行く人をとどめがたみの唐衣
たつより袖の露けかるらん

歌の意味
旅立つ人を引き留めがたいので、形見として贈るこの唐衣は、裁つ時から、そしてあなたが旅立つ時から、袖が涙の露に濡れていることだろう。
鑑賞
巻第六 別歌 321

詞書「天暦の御時、御乳母肥後が出羽の国に下り侍りけるに、餞給ひけるに、藤壺より装束給ひけるに添へられたりける」
 旅立つ人を引き留めがたく、形見に贈るこの唐衣は、裁つ時から、また旅立つ時から袖が涙に濡れていることだろうと詠む歌である。贈る衣に別れの涙を染み込ませ、引き留められない悲しみを表している。詞書によれば、村上天皇の天暦の御代に、天皇の乳母である肥後が出羽国へ下る時の餞別に、藤壺から装束を賜り、それに添えられた歌である。

 初句「行く人を」は、旅立って行く人を、の意である。
 二句「とどめがたみの」は、引き留め「難み」と、思い出の品の「形見」とを掛けている。「難み」は形容詞の語幹に「み」がついて理由を表す。
 三句「唐衣」は、美しい衣をいい、「裁つ」「袖」の縁で四句以下を導く。本巻の第三百二十六首、第三百二十七首も唐衣を贈る別れの歌で、衣の歌が続いていく。
 四句「たつより袖の」は、衣を「裁つ」意と、旅に「立つ」意とを掛けている。本巻の第三百五首の「たち別るべき」と同じく、衣を贈る別れに裁つと立つとを重ねている。
 結句「露けかるらん」は、露に濡れていることだろう、の意で、露は涙をたとえ、「らん」は現在推量の助動詞である。次歌以下、第三百二十四首まで涙と袖の歌が並ぶ。

がたみ:引き留めがたい意の難みと、思い出の品の形見とを掛ける
たつ:衣を裁つ意と、旅に立つ意とを掛ける
からころも:美しい衣。衣の美称
めのと:貴人の子に乳を与え養育する女性。乳母
ふぢつぼ:内裏の飛香舎の別名。そこに住む后妃
作者
よみ人しらず
出典
拾遺和歌集
前の歌
別るれば心をのみぞつくし櫛 さして逢ふべきほどを知らねば
次の歌
惜しむともかたしや別れ心なる 涙をだにもえやはとどむる