あまたには縫ひ重ねねど唐衣
思ふ心は千重にぞありける
- 歌の意味
-
この唐衣はいく重にも縫い重ねてはいないけれども、あなたを思う心は千重にも重なっているのだ。
- 鑑賞
-
巻第六 別歌 327
詞書「橘公頼、帥になりてまかり下りける時、敏貞が継母、内侍のすけの、馬のはなむけし侍りけるに、装束に添へてつかはしける」
贈る唐衣はいく重にも縫い重ねてはいないが、あなたを思う心は千重にも重なっていると詠む歌である。衣の重ねに心の重ねを対比させ、品物の多寡を越えた思いの深さを伝えている。詞書によれば、橘公頼が大宰府の帥として下る時、敏貞の継母である典侍が餞別の宴を催し、装束に添えて贈った歌で、貫之が典侍に代わって詠んだものと見られる。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
初句「あまたには」は、たくさんには、の意である。
二句「縫ひ重ねねど」は、縫い重ねてはいないけれども、の意で、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、「ど」は逆接である。
三句「唐衣」は、美しい衣をいい、贈った装束を指している。前歌の第三百二十六首に続き、唐衣を贈る別れの歌である。
四句「思ふ心は」は、あなたを思う心は、の意である。
結句「千重にぞありける」は、千重に重なっているのだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「ける」で結ぶ。二句の「重ね」と「千重」とが対をなしている。
ちへ:幾重にも重なっていること。千重
そち:大宰府の長官。帥
ないしのすけ:内侍司の次官。典侍
- 作者
-
紀貫之
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
旅人の露払ふべき唐衣 まだきも袖の濡れにけるかな
- 次の歌
-
遠く行く人のためにはわが袖の 涙の玉も惜しからなくに