便りあらばいかで都へ告げやらん
今日白河の関は越えぬと
- 歌の意味
-
もしついでがあるならば、何とかして都へ告げ知らせたいものだ。今日、白河の関を越えたと。
- 鑑賞
-
巻第六 別歌 339
詞書「陸奥の白河の関越え侍りけるに」
陸奥の入口である白河の関を越えたこの日、便りの手立てがあれば何とか都へ知らせたいと詠む歌である。都から遠く隔たった境を越えた感慨と、都の人々への思いを、知らせたいという素朴な願いに込めている。詞書によれば、陸奥の白河の関を越えた時の歌である。白河の関は、後に能因法師らにも詠み継がれる陸奥の歌枕である。
作者の「平兼盛」は、光孝天皇の流れをくむ平氏の出で、平安時代中期の歌人である。天徳四年の内裏歌合での活躍で知られ、三十六歌仙に数えられる。
初句「便りあらば」は、ついでの手立てがあるならば、の意で、未然形に「ば」がついて仮定を表す。
二句「いかで都へ」は、何とかして都へ、の意である。
三句「告げやらん」は、告げ知らせたい、の意で、「ん」は意志の助動詞である。ここで句切れとなる。巻末の第三百五十三首の結句「言伝てやらん」と同じく、旅先から都へ便りを送りたいという願いを詠んでいる。
四句「今日白河の」は、今日、白河の、の意で、陸奥国の入口にあたる白河の関をいう。
結句「関は越えぬと」は、関を越えたと、の意で、「ぬ」は完了の助動詞である。倒置によって告げたい内容を後に示している。次歌の第三百四十首も陸奥へ下る人に贈った歌である。
たより:ついで。手紙を託す手立て
しらかはのせき:陸奥国の入口にあった関。歌枕
- 作者
-
平兼盛
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
武隈の松を見つつや慰めん 君が千年の影にならひて
- 次の歌
-
東路の木のしたくらくなりゆかば 都の月を恋ひざらめやは