白露のかかるがやがて消えざらば
草葉ぞ玉の櫛笥ならまし
- 歌の意味
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白露が置いたまま、すぐに消えずにいるならば、草葉は玉を納める櫛笥となるだろうに。
- 鑑賞
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巻第七 物名 367
詞書「かるかや」
白露が草に置いたまま消えずにいるならば、草葉は玉を納める櫛笥となるだろうにと詠む歌である。草葉に置く露を玉に見立て、すぐに消えてしまう露のはかなさを惜しむ心を表し、二句の「かかるがやがて」の音の続きに、詞書の「かるかや」の名を隠している。詞書の「かるかや」は、この歌に詠み込まれた物の名である。
作者の「忠岑」は、古今和歌集の撰者の一人で、壬生忠見の父である。三十六歌仙に数えられる。
初句「白露の」は、白露が、の意である。
二句「かかるがやがて」は、置いているのがそのまま、の意である。「かかるがや」に「かるかや」の名を隠している。
三句「消えざらば」は、消えずにいるならば、の意で、未然形に「ば」がついて仮定を表す。
四句「草葉ぞ玉の」は、草葉は玉の、の意で、露を玉に見立てている。係助詞「ぞ」による強調である。
結句「櫛笥ならまし」は、櫛笥であろうに、の意で、「まし」は事実に反することを仮定する助動詞であり、係助詞「ぞ」を受けて連体形で結ぶ。
かるかや:刈萱。秋の野に生える草。「かかるがやがて」の音の続きに隠して詠み込む
くしげ:櫛などの化粧道具を入れる箱。櫛笥
- 作者
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壬生忠岑
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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秋の野に花てふ花を折りつれば わびしらにこそ虫も鳴きけれ
- 次の歌
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山河はきのはながれず浅き瀬を 堰けば淵とぞ秋はなるらん