植ゑて去にし人も見なくに秋萩の
誰見よとかは花の咲きけむ
- 歌の意味
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植えて去っていった人も見ないのに、秋萩は、誰に見よというので花を咲かせたのだろうか。
- 鑑賞
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巻第七 物名 379
詞書「よどかは」
植えて去っていった人ももう見ることがないのに、秋萩は誰に見せようとして花を咲かせたのだろうかと詠む歌である。見る人のない花の哀れを詠み、四句の「見よとかは」の音の続きに、詞書の「淀川」の名を隠している。詞書の「よどかは」は、この歌に詠み込まれた物の名である。
作者の「在原元方」は、在原棟梁の子で、在原業平の孫にあたる。古今和歌集の巻頭の「年の内に春は来にけり」の歌の作者として知られる。
初句「植ゑて去にし」は、植えて去っていった、の意で、六音の字余りである。
二句「人も見なくに」は、その人も見ないのに、の意で、「なくに」は逆接を表す。
三句「秋萩の」は、秋萩が、の意である。本巻の第三百六十八首でも萩の名が詠まれている。
四句「誰見よとかは」は、誰に見よというので、の意で、「かは」は疑問を表す。「よとかは」に「よどがは」の名を隠している。次歌の第三百八十首も同じ題で、淀川の歌が二首並ぶ。
結句「花の咲きけむ」は、花が咲いたのだろう、の意で、「けむ」は過去推量の助動詞であり、係助詞「か」を受けて連体形で結ぶ。
よどがは:淀川。山城国から摂津国へ流れる川。「見よとかは」の音の続きに隠して詠み込む
いぬ:去る。行ってしまう
- 作者
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在原元方
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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水もなく舟も通はぬこのしまに いかでかあまのなまめかるらん
- 次の歌
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あしひきの山辺にをれば白雲の いかにせよとかはるる時なき