鶯のなかむしろには我ぞ鳴く
花のにほひやしばしとまると
- 歌の意味
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鶯が鳴くはずの、その代わりに、私が鳴く。花の美しさが、しばらくでもとどまるかと思って。
- 鑑賞
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巻第七 物名 424
詞書「なかむしろ」
鶯が鳴くはずの代わりに自分が鳴く、そうすれば花の美しさがしばらくでもとどまるかと思ってと詠む歌である。散りゆく花を惜しむ心を鶯に代わって泣く姿に託し、二句の「なかむしろ」の音の続きに、詞書の「中筵」の名を隠している。詞書の「なかむしろ」は、この歌に詠み込まれた物の名である。
作者の「すけみ」は藤原輔相である。藤原弘経の子で、藤六と呼ばれた平安時代中期の歌人である。物名の歌を得意とし、家集に藤六集がある。
初句「鶯の」は、鶯が、の意である。本巻の第四百十四首の鶯の花の衣と、鶯と花の取り合わせで響き合っている。
二句「なかむしろには」は、鳴くはずの代わりには、の意で、「む」は推量の助動詞、「しろ」は代わりの意である。「なかむしろ」の名を隠している。
三句「我ぞ鳴く」は、私が泣く、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形「鳴く」で結ぶ。ここで句切れとなる。
四句「花のにほひや」は、花の美しさが、の意で、「や」は疑問を表す。
結句「しばしとまると」は、しばらくとどまるかと思って、の意で、倒置によって三句の理由を後に示している。
なかむしろ:中筵。中ほどに敷く筵とされる。「鳴かむ代」の音の続きに隠して詠み込む
しろ:代わり。代
- 作者
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藤原輔相
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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世とともに塩焼く海人の絶えせねば なぎさのきのはこがれてぞ散る
- 次の歌
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そこへうのかは浪分けて入りぬるか 待つほど過ぎて見えずもあるかな