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大空を眺めぞ暮らす吹く風の
音はすれども目にも見えねば

歌の意味
大空をぼんやりと眺めながら一日を過ごすことだ。吹く風の音はするけれども、目には見えないので。
鑑賞
巻第八 雑歌上 450

詞書「題しらず」
 吹く風の音はするのに目には見えないので、大空を眺めながら一日を過ごしてしまうと詠む歌である。音だけで姿の見えない風を空に探し求めるようにして、もの思いのうちに日を暮らす心を表している。前歌の第四百四十九首が絶えた滝の名が今も聞こえると詠んだのに続き、この歌も音は聞こえて姿は見えないものを詠んでいる。ここからは風の歌となり、次歌の第四百五十一首以下の松風の歌へとつながっていく。
 作者の「みつね」は凡河内躬恒である。古今和歌集の撰者の一人で、三十六歌仙に数えられる。
 古今和歌集の藤原敏行の「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」も、目に見えない風を音でとらえた歌として知られる。

 初句「大空を」は、大空を、の意である。
 二句「眺めぞ暮らす」は、もの思いにふけって眺めながら一日を過ごす、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「暮らす」で結んでいる。ここで句切れとなり、下の句と倒置になっている。
 三句「吹く風の」は、吹いている風の、の意である。
 四句「音はすれども」は、音はするけれども、の意で、「ども」は逆接の接続助詞である。
 結句「目にも見えねば」は、目には見えないので、の意で、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形、「ば」は理由を表す。眺め暮らす理由を倒置によって後から示している。

ながむ:もの思いにふけりながらぼんやりと見やる
くらす:一日を過ごす
作者
凡河内躬恒
出典
拾遺和歌集
前の歌
滝の糸は絶えて久しく成りぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ
次の歌
琴の音に峰の松風通ふらし いづれのをより調べ初めけん