いかで猶我が身にかへて武隈の
松ともならむ行く人のため
- 歌の意味
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どうにかして、やはりこの身に代えて武隈の松にでもなりたいものだ。陸奥へ行く人のために。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 460
詞書「あひ語らひ侍りける人、陸奥へまかりければ」
親しくしていた人が陸奥へ下るので、この身に代えて武隈の松になりたい、旅行く人のためにと詠む歌である。陸奥の名高い武隈の松となって、遠い地に赴く友を迎え、見守りたいという思いを表している。「松」には友の帰りを「待つ」心も響いている。本巻の第四百五十八首に続いて、作者が旅立つ人を思って詠んだ歌である。
作者の「よしのぶ」は大中臣能宣である。大中臣頼基の子で、伊勢神宮の祭主を務めた。梨壺の五人の一人で、三十六歌仙に数えられる。
武隈の松は陸奥国の岩沼にあった二本の幹を持つ松で、後撰和歌集以来、多くの歌に詠まれた歌枕である。
初句「いかで猶」は、どうにかして、やはり、の意である。
二句「我が身にかへて」は、この身に代えて、の意である。
三句「武隈の」は、陸奥国の武隈の、の意で、名高い歌枕である。
四句「松ともならむ」は、松にでもなりたい、の意で、「む」は意志や願望を表す助動詞である。「松」には友を「待つ」意が響いている。ここで句切れとなる。
結句「行く人のため」は、陸奥へ行く人のために、の意で、倒置によって願いの理由を後から示している。
たけくまのまつ:陸奥国の岩沼にあった二本の幹を持つ松で、名高い歌枕
あひかたらふ:親しく交際する
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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加古の島松原越しに鳴く鶴の あな長々し聞く人なしに
- 次の歌
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行く末のしるしばかりに残るべき 松さへいたく老いにけるかな