行く末のしるしばかりに残るべき
松さへいたく老いにけるかな
- 歌の意味
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後の世までの記念の印としてだけでも残るはずの松までもが、ひどく老いてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 461
詞書「河原院の古松を詠み侍りける」
後の世まで記念の印として残るはずの松までもが、ひどく老いてしまったと詠む歌である。詞書から、河原院の古い松を詠んだ歌とわかる。源融の豪奢な邸宅であった河原院の荒廃ぶりを、せめて形見として残るはずの松の老いによって表し、栄華のはかなさを嘆いている。本巻の第四百三十六首の「我が世のいたくふけにけるかな」と同じ形の結句を持ち、人の老いと松の老いとが呼応している。
作者の「源道済」は、源方国の子で、平安時代中期の歌人である。筑前守、大宰少弐を務めた。中古三十六歌仙に数えられる。
河原院は嵯峨天皇の皇子源融が六条に営んだ邸宅で、陸奥の塩竈の景を模した庭で知られたが、融の没後は荒廃した。
初句「行く末の」は、後の世までの、の意である。
二句「しるしばかりに」は、記念の印としてだけでも、の意で、栄華が失われた後に形見として残るものをいう。
三句「残るべき」は、残るはずの、の意で、「べき」は当然の助動詞「べし」の連体形である。
四句「松さへいたく」は、松までもがひどく、の意で、「さへ」は添加の副助詞である。荒れた邸宅に加え、松までもという嘆きを表している。
結句「老いにけるかな」は、老いてしまったことよ、の意で、「に」は完了、「ける」は詠嘆を表す。第四百三十六首の結句「ふけにけるかな」と同じ形である。
しるし:目印。記念となるもの
かはらのゐん:河原院。源融が六条に営んだ邸宅
- 作者
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源道済
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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いかで猶我が身にかへて武隈の 松ともならむ行く人のため
- 次の歌
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世の中を住吉としも思はぬに 何をまつとて我が身経ぬらん