白波はたてど衣に重ならず
明石も須磨もおのがうらうら
- 歌の意味
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白波は立つけれども、衣の縦糸のように衣に重なることはない。明石も須磨も、衣の表と裏のようには重ならず、それぞれ別々の浦である。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 477
詞書「題しらず」
白波は立つが衣に重なることはなく、明石も須磨もそれぞれ別々の浦だと詠む歌である。「たて」に波が「立つ」と衣の「経」を、「うら」に「浦」と衣の「裏」を響かせ、衣の縁語を巧みに用いて、隣り合いながら一つにならない二つの浦の景を詠んでいる。前の三首に続いて衣を詠み、本巻の第四百六十四首の明石の浦をも思い起こさせる。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
初句「白波は」は、白い波は、の意である。
二句「たてど衣に」は、立つけれども衣には、の意である。「たて」は波が「立つ」意に、衣の縦糸である「経」を響かせている。
三句「重ならず」は、重ならない、の意で、衣を重ね着する意の縁語である。ここで句切れとなる。
四句「明石も須磨も」は、播磨国の明石の浦も、摂津国の須磨の浦も、の意で、隣り合う二つの浦の名を挙げている。
結句「おのがうらうら」は、それぞれの浦々である、の意である。「うら」は海辺の「浦」と、衣の「裏」とを掛けた掛詞で、衣の縁語となっている。
たつ:波が立つ意に、衣の縦糸の経を響かせる
うら:海辺の浦と、衣の裏を掛ける
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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久方の雨には着ぬをあやしくも 我が衣手の干る時もなき
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夕されば衣手寒し我妹子が 解き洗ひ衣行きて早着む