ささなみや近江の宮は名のみして
霞たなびき宮木守なし
- 歌の意味
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近江の宮は名ばかりが残って、霞がたなびき、宮の木々を守る人もいない。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 483
詞書「大津の宮の荒れて侍りけるを見て」
近江の宮は名ばかりで、霞がたなびき、宮の木々を守る人もいないと詠む歌である。詞書から、天智天皇の都であった大津の宮の荒れ果てた跡を見て詠んだ歌とわかる。かつての都が名だけを残して荒廃した姿を、たなびく霞と番人のいない宮の木々によって描き、栄華の跡のはかなさを嘆いている。本巻の第四百六十一首の荒れた河原院、第四百六十八首の朽ちた長柄の橋と同じく、昔の栄えの跡を詠む歌である。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
万葉集の人麻呂の近江荒都歌も、大津の宮の荒れた跡を見て悲しむ歌として名高い。
初句「ささなみや」は、近江国の琵琶湖南西岸一帯の古名で、「近江」を導く枕詞として用いられている。
二句「近江の宮は」は、近江の大津の宮は、の意である。
三句「名のみして」は、名ばかりが残って、の意である。
四句「霞たなびき」は、霞がたなびいて、の意で、宮の跡に人影のない様子を表している。
結句「宮木守なし」は、宮の木々を守る番人もいない、の意で、荒れるにまかされた都の跡を表している。
みやきもり:宮殿の木々を守る番人
たなびく:霞や雲が横に長く引く
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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木にも生ひず羽も並べで何しかも 波路隔てて君を聞くらん
- 次の歌
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暁の寝覚めの千鳥誰がためか 佐保の河原にをちかへり鳴く