古典和歌stream

河の瀬の渦巻く見れば玉藻刈る
散り乱れたる川の舟かも

歌の意味
川の瀬が渦を巻いているのを見ると、あれは玉藻を刈ろうとして散り乱れている川の舟なのだろうか。
鑑賞
巻第八 雑歌上 489

詞書「藻を詠める」
 川の瀬が渦巻いているのを見て、玉藻を刈る舟が散り乱れているのだろうかと詠む歌である。詞書から、藻を題として詠んだ歌とわかる。渦巻く瀬の流れの乱れを、藻を刈る舟があちこちに散らばる様子になぞらえている。前歌の第四百八十八首が空を海に見立てたのに続き、ここでは川の流れを詠んでおり、本巻の第四百六十五首の藻刈舟とも呼応している。
 作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。

 初句「河の瀬の」は、川の浅瀬の、の意である。
 二句「渦巻く見れば」は、渦を巻いているのを見ると、の意である。
 三句「玉藻刈る」は、美しい藻を刈る、の意で、「玉」は美称である。本巻の第四百六十五首の「藻刈舟」と同じく、藻を刈る営みを詠んでいる。
 四句「散り乱れたる」は、散り乱れている、の意で、「たる」は存続の助動詞「たり」の連体形である。
 結句「川の舟かも」は、川の舟なのだろうか、の意で、「かも」は疑問と詠嘆を表す終助詞である。

たまも:藻の美称
うづまく:水が渦を巻く
作者
柿本人麻呂
出典
拾遺和歌集
前の歌
空の海に雲の波立ち月の舟 里の林に漕ぎ隠る見ゆ
次の歌
鳴る神の音にのみ聞く巻向の 檜原の山を今日見つるかな