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おふの海に舟乗りすらん我妹子が
赤裳の裾に潮満つらんか

歌の意味
おふの海で今ごろ舟に乗っているだろういとしい人の、赤い裳の裾に潮が満ちているだろうか。
鑑賞
巻第八 雑歌上 493

詞書「伊勢の行幸にまかり留まりて」
 おふの海で今ごろ舟に乗っているであろういとしい人の赤い裳の裾に、潮が満ちているだろうかと詠む歌である。詞書から、伊勢への行幸に供をせず都に留まった折の歌とわかる。行幸に従って海辺に遊ぶ女性たちの姿を思いやり、赤い裳の裾が潮に濡れる華やかな情景を想像している。次歌の第四百九十四首、第四百九十五首は伊勢へ向かう斎宮の下向にかかわる歌で、伊勢へ行く人を思う歌が続いている。
 作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
 万葉集巻一に、人麻呂が伊勢行幸の折に都に留まって詠んだ歌として、ほぼ同じ趣の歌が収められている。

 初句「おふの海に」は、伊勢国のおふの海で、の意で、六音の字余りである。
 二句「舟乗りすらん」は、舟に乗っているだろう、の意で、「らん」は現在推量の助動詞である。
 三句「我妹子が」は、いとしい人の、の意で、行幸に従う女性を親しんで呼んでいる。
 四句「赤裳の裾に」は、赤い裳の裾に、の意である。
 結句「潮満つらんか」は、潮が満ちているだろうか、の意で、「か」は疑問の終助詞である。二句の「らん」とともに、遠い海辺の様子を想像している。

ふなのり:舟に乗ること。また舟遊び
あかも:赤い裳。女性が腰から下にまとう衣
わぎもこ:いとしい女性
作者
柿本人麻呂
出典
拾遺和歌集
前の歌
人知れず越ゆと思ふらしあしひきの 山下水に影は見えつつ
次の歌
思ふことなるといふなる鈴鹿山 越えてうれしき境とぞ聞く