思ふことなるといふなる鈴鹿山
越えてうれしき境とぞ聞く
- 歌の意味
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思うことがかなうと言われている鈴鹿山は、越えればうれしい境だと聞いている。
- 鑑賞
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巻第八 雑歌上 494
詞書「天暦十一年九月十五日、斎宮下り侍りけるに、内より硯調じて賜はすとて」
思うことがかなうと言われる鈴鹿山は、越えればうれしい境だと聞いていると詠む歌である。詞書から、天暦十一年九月十五日に斎宮が伊勢へ下向した折、宮中から硯を整えて贈る際に添えた歌とわかる。伊勢への道の難所である鈴鹿山を、願いがかなう喜ばしい境として言い祝い、旅立つ斎宮を励ましている。次歌の第四百九十五首も鈴鹿山を越える斎宮下向の歌で、作者は村上天皇の女御であった斎宮女御であり、二首が並べられている。
作者の「御製」は村上天皇である。醍醐天皇の皇子で、その治世は天暦の治と称えられた。後撰和歌集の撰進を命じ、天徳四年の内裏歌合を催した。
初句「思ふこと」は、思うことが、の意である。
二句「なるといふなる」は、かなうと言われている、の意である。「なる」は願いが「成る」意と、鈴が「鳴る」意を掛けた掛詞で、三句の「鈴鹿山」の鈴と縁語になっている。下の「なる」は伝聞の助動詞「なり」の連体形である。
三句「鈴鹿山」は、伊勢国と近江国との境にある山で、伊勢へ下る道の難所である。ここで句切れとなる。
四句「越えてうれしき」は、越えればうれしい、の意である。
結句「境とぞ聞く」は、境だと聞いている、の意で、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「聞く」で結んでいる。次歌の第四百九十五首も鈴鹿山を越える歌で、二首が三句「鈴鹿山」を共有している。
なる:願いが成る意と、鈴が鳴る意を掛ける
すずかやま:伊勢国と近江国の境にある山
さいぐう:斎宮。伊勢神宮に奉仕した未婚の皇女
- 作者
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村上天皇
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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おふの海に舟乗りすらん我妹子が 赤裳の裾に潮満つらんか
- 次の歌
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世にふれば又も越えけり鈴鹿山 昔の今になるにやあるらん