行く末の忍草にもありやとて
露の形見も置かんとぞ思ふ
- 歌の意味
-
行く末に昔をしのぶよすがにもなろうかと思って、露ほどのささやかな形見でも置いておこうと思うのだ。
- 鑑賞
-
巻第八 雑歌上 499
詞書「大弐国章、こくの帯を借り侍りけるを、筑紫より上りて返し遣はしたりければ」
行く末に昔をしのぶよすがにもなるかと思い、露ほどの形見でも置いておこうと思うと詠む歌である。詞書から、大宰大弐の藤原国章が借りていた帯を、筑紫から上京して返してきた折の歌とわかる。返された帯に添えて、互いの交わりをしのぶ形見としたい心を表している。「忍草」「露」「置く」と草と露の縁語を連ね、ここから本巻の第五百三首まで露を詠む歌が続く。
作者の「もとすけ」は清原元輔である。清原深養父の孫で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わった。清少納言の父で、三十六歌仙に数えられる。
初句「行く末の」は、行く末の、将来の、の意である。
二句「忍草にも」は、しのぶよすがにも、の意である。「忍草」は草の名に、昔をしのぶ意の「偲ぶ」を掛けている。
三句「ありやとて」は、なるかと思って、の意で、「や」は疑問の係助詞である。
四句「露の形見も」は、露ほどのささやかな形見も、の意で、「露」は忍草の縁語である。
結句「置かんとぞ思ふ」は、置いておこうと思う、の意で、「置か」は露が「置く」の縁語である。係助詞「ぞ」を受けて連体形の「思ふ」で結んでいる。
しのぶぐさ:シダの一種。昔をしのぶ偲ぶを掛けて言う
かたみ:思い出のよすがとなる物
だいに:大弐。大宰府の次官
- 作者
-
清原元輔
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
年を経て立ち馴らしつる葦鶴の いかなる方に跡とどむらん
- 次の歌
-
植ゑて見る草葉ぞ世をば知らせける おきては消ゆる今朝の朝露