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折からにいづれともなき鳥の音も
いかが定めむ時ならぬ身は

歌の意味
その折その折によって、どちらがまさるとも言えない鳥の声も、どうして定めることができようか。時を得ない身である私には。
鑑賞
巻第九 雑歌下 512

詞書「円融院の上、鶯と時鳥といづれかまさると申せと仰せられければ」
 鶯と時鳥のどちらがまさるかを、時を得ない身の自分にはどうして定められようかと答えた歌である。詞書から、円融天皇に鶯と時鳥のどちらがまさっているかを申せと命じられて詠んだ歌とわかる。鳥の声は季節の折々によって趣が異なるので決められないと帝の問いをかわしつつ、時めかない我が身の不遇をそれとなく訴えている。前の三首の春と秋の優劣に続き、春の鶯と夏の時鳥の優劣を詠んでいる。
 作者の「大納言朝光」は藤原朝光である。関白藤原兼通の子で、大納言に至った。家集に朝光集がある。円融院は円融天皇で、村上天皇の皇子である。

 初句「折からに」は、その折その折によって、の意である。
 二句「いづれともなき」は、どちらがまさるとも言えない、の意で、前の前の歌の第五百十首の結句「いづれともなし」と同じ言い回しを重ねている。
 三句「鳥の音も」は、鳥の声も、の意で、詞書の鶯と時鳥の声を指す。
 四句「いかが定めむ」は、どうして定めることができようか、の意で、「いかが」は反語、「む」は推量の助動詞である。ここで句切れとなる四句切れで、結句はその理由を倒置して示している。問答の一連を結ぶ第五百十九首の四句と結句「いかが今は定めん」と、同じ言い回しで呼応している。
 結句「時ならぬ身は」は、時を得ない身である私には、の意で、季節の折々に鳴く鳥と、時めかない我が身とを対比している。

をりから:折から。その時、その折
作者
藤原朝光
出典
拾遺和歌集
前の歌
春はただ花のひとへに咲くばかり 物のあはれは秋ぞまされる
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白露は上より置くをいかなれば 萩の下葉のまづもみづらん