わたつ海はあまの舟こそありと聞け
のりたがへても漕ぎ出でたるかな
- 歌の意味
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大海には海人の舟、尼の舟こそあると聞いているが、この法師は仏の法を取り違え、乗る舟を取り違えて漕ぎ出したことだなあ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌下 530
詞書「屏風に、法師の舟に乗りて漕ぎ出でたる所」
大海には海人の舟、尼の舟こそがあると聞くのに、法師が法を取り違え、乗る舟を取り違えて漕ぎ出したことだと詠む歌である。詞書から、法師が舟に乗って漕ぎ出していく様子を描いた屏風の絵に添えた歌とわかる。「海人」と「尼」、「乗り」と「法」を掛け、尼ならぬ法師が海に漕ぎ出す絵の取り合わせのおかしさを、言葉の技巧で軽やかに詠んでいる。
作者の「右大将道綱母」は藤原道綱母である。藤原倫寧の娘で、藤原兼家の妻となって右大将道綱を生んだ。蜻蛉日記の作者で、百人一首の「嘆きつつ」の歌で知られる。
初句「わたつ海は」は、大海には、の意である。
二句「あまの舟こそ」は、「あま」が漁をする「海人」と出家した女性の「尼」を掛ける掛詞である。係助詞「こそ」は三句の已然形「聞け」で結ぶ係り結びである。
三句「ありと聞け」は、あると聞いているが、の意で、「こそ〜已然形」の形で逆接的に下の句へ続いている。
四句「のりたがへても」は、「のり」が舟に「乗り」と仏の教えの「法」を掛ける掛詞である。乗る舟を取り違え、法を取り違えて、の二つの意を重ねている。
結句「漕ぎ出でたるかな」は、漕ぎ出したことだなあ、の意で、「たる」は存続の助動詞、「かな」は詠嘆を表す。
わたつうみ:わたつ海。海、大海
あま:漁をする「海人」と、出家した女性の「尼」を掛ける
のり:舟に「乗り」の意と、仏の教えの「法」を掛ける
- 作者
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藤原道綱母
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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山伏も野臥もかくて試みつ 今は舎人の閨ぞゆかしき
- 次の歌
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勅なればいともかしこし鶯の 宿はと問はばいかが答へむ