なしといへばをしむかもとや思ふらん
鹿や馬とぞ言ふべかりける
- 歌の意味
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ないと言えば、惜しんでいるのか、その鴨を、とあなたは思うのだろう。いっそ鹿を馬と言い張ったように、ないものもあると言うべきだったのだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌下 536
詞書「返し」
ないと言えば惜しんでいると思われるのなら、いっそ鹿を馬と言い張ったように言うべきだったと返した歌である。前歌の第五百三十五首の仲文の歌に対し、氈がないのは惜しんでいるからではないと弁明しつつ、同じ鹿と馬の故事を逆手に取って切り返している。「をしむかも」に「惜しむかも」と「鴨」を掛け、仲文の掛詞をそのまま受け取って応じている。
作者の「よしのぶ」は大中臣能宣である。伊勢神宮の祭主を務め、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。
初句「なしといへば」は、ないと言えば、の意で、氈を持っていないことをいう。
二句「をしむかもとや」は、惜しんでいるのか、と、の意で、「かも」は疑問と詠嘆を表す終助詞の「かも」に鳥の「鴨」を掛け、前歌の第五百三十五首の「かもをもをしと」を受けている。係助詞「や」は三句の「らん」で結ぶ係り結びである。
三句「思ふらん」は、思っているのだろう、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌である。
四句「鹿や馬とぞ」は、鹿を馬とでも、の意で、前歌の初句と二句「鹿を指して馬といふ人」の故事を受けている。係助詞「ぞ」は結句の「ける」で結ぶ係り結びである。
結句「言ふべかりける」は、言うべきだったのだ、の意で、「べかり」は当然、「ける」は気づきの詠嘆を表す。
かも:疑問と詠嘆の「かも」に、鳥の「鴨」と敷物の「氈」を掛ける
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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鹿を指して馬といふ人ありければ かもをもをしと思ふなるべし
- 次の歌
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難波江の葦の花毛の交じれるは 津の国かひの駒にやあるらん