さざなみの長等の山のながらへて
楽しかるべき君が御代かな
- 歌の意味
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さざなみの寄せる近江の長等の山の名のように、長らえて楽しくあるはずの君の御代であることよ。
- 鑑賞
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巻第十 神楽歌 599
詞書は前の歌に続き「安和元年大嘗会風俗:長等の山」
長等の山の名のように、長く続いて楽しくあるはずの君の御代であることよと、天皇の治世の長久を祝う歌である。詞書は前歌の第五百九十八首と同じで、長等の山を題とする。上の句の「長等の山の」が同じ音の「ながらへて」を導き、地名をそのまま御代の永続へと結びつけている。
詞書の「安和元年大嘗会風俗」は、冷泉天皇の即位に伴って安和元年に行われた大嘗会で奉られた風俗の歌であることを示す。大嘗会では、悠紀と主基に選ばれた国の地名を詠み込んだ歌が奉られ、ここから第六百八首まで、その国の山や浜の名を題とする歌が並ぶ。
作者の大中臣能宣は、伊勢神宮の祭主を務め、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。
初句「さざなみの」は、近江国の地名にかかる枕詞である。
二句「長等の山の」は、近江国の長等山の、の意で、ここまでが同じ音の三句「ながらへて」を導く序詞である。前歌の第五百九十八首の二句「ながらの山の」と同じ山を詠んでいる。
三句「ながらへて」は、長く続いて、の意である。
四句「楽しかるべき」は、楽しくあるはずの、の意で、「べき」は当然を表す助動詞「べし」の連体形である。
結句「君が御代かな」は、君の御代であることよ、の意で、「かな」は詠嘆を表す。前歌の第五百九十八首の初句「君が代の」と呼応している。
さざなみの:近江国の地名にかかる枕詞
ながらふ:長らふ。長く続く、生きながらえる
- 作者
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大中臣能宣
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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君が代のながらの山のかひありと のどけき雲のゐる時ぞ見る
- 次の歌
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動きなき岩倉山に君が代を 運び置きつつ千代をこそ積め