古典和歌stream

万代をみかみの山の響くには
野洲河の水澄みぞあひにける

歌の意味
万代を見るという三上の山に祝いの声が響くからには、野洲川の水もそれに応じて澄みわたっていることだ。
鑑賞
巻第十 神楽歌 603

詞書は前の歌に続き「安和元年大嘗会風俗:三上の山」
 万代を見るという三上の山に祝いの声が響くので、麓を流れる野洲川の水もそれに応じて澄みわたっていると詠む歌である。山に響く祝いの声と川の水の澄むさまを重ね、御代を祝う心に天地が応じるさまを描いている。三上の山を題とする三首の三首目で、前の二首が山の榊を詠んだのに対し、山の麓の川へと目を移している。
 詞書の「安和元年大嘗会風俗」は、冷泉天皇の即位に伴って安和元年に行われた大嘗会で奉られた風俗の歌であることを示す。大嘗会では、悠紀と主基に選ばれた国の地名を詠み込んだ歌が奉られ、ここから第六百八首まで、その国の山や浜の名を題とする歌が並ぶ。
 作者の「もとすけ」は清原元輔である。清少納言の父で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。

 初句「万代を」は、万代を、の意で、前歌の第六百二首の初句「万代の」と同じ語で始まっている。
 二句「みかみの山の」は、「み」に「見」を掛け、万代を見る意と、地名の「三上」山を重ねる掛詞とみられる。
 三句「響くには」は、響くからには、の意で、御代を祝う声が山に響くことをいう。
 四句「野洲河の水」は、三上山の麓を流れる野洲川の水、の意である。
 結句「澄みぞあひにける」は、澄みわたっていることだ、の意で、係助詞「ぞ」を受けて過去の助動詞「けり」の連体形「ける」で結ぶ係り結びである。

みかみ:地名の「三上」山に、万代を「見」る意を掛ける
やすがは:野洲河。近江国の三上山の麓を流れる川
作者
清原元輔
出典
拾遺和歌集
前の歌
万代の色も変はらぬ榊葉は 三上の山に生ふるなりけり
次の歌
貢ぎ積むおほくら山は常盤にて 色も変はらず万代ぞ経む