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磨きける心もしるく鏡山
曇りなき世に逢ふが楽しさ

歌の意味
磨いてきた心のしるしもはっきりと表れる鏡山のように、曇りのない御代に巡り逢えることの楽しさよ。
鑑賞
巻第十 神楽歌 606

詞書「安和元年大嘗会風俗:鏡山」
 磨いてきた心のしるしがはっきり表れる鏡山のように、曇りのない御代に逢えることが楽しいと詠む歌である。地名の「鏡」から、磨かれた鏡の曇りのなさを連想し、清らかに治まる御代に生きる喜びを表している。天禄元年の大嘗会の第六百十三首も鏡山を題とし、同じく「曇らじ」と曇りのない鏡を詠んでいる。
 詞書の「安和元年大嘗会風俗」は、冷泉天皇の即位に伴って安和元年に行われた大嘗会で奉られた風俗の歌であることを示す。大嘗会では、悠紀と主基に選ばれた国の地名を詠み込んだ歌が奉られ、ここから第六百八首まで、その国の山や浜の名を題とする歌が並ぶ。
 作者の「よしのぶ」は大中臣能宣である。伊勢神宮の祭主を務め、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。

 初句「磨きける」は、磨いてきた、の意で、鏡を磨くことと心を磨くことを重ねている。
 二句「心もしるく」は、心のしるしもはっきりと、の意で、「しるし」は明らかである意の形容詞である。
 三句「鏡山」は、近江国の鏡山で、題の地名である。初句の「磨き」、四句の「曇り」と、鏡の縁語をなしている。第六百十三首の三句「鏡山」と同じ山である。
 四句「曇りなき世に」は、曇りのない御代に、の意で、鏡の曇りのなさに清らかな治世を重ねている。
 結句「逢ふが楽しさ」は、巡り逢えることの楽しさよ、の意で、体言止めで詠嘆を込めている。

かがみやま:鏡山。近江国の山。題の地名
作者
大中臣能宣
出典
拾遺和歌集
前の歌
高島や三尾の中山杣立てて 作り重ねよ千代の並倉
次の歌
千歳経る松が崎には群れゐつつ 鶴さへ遊ぶ心あるらし