千歳経る松が崎には群れゐつつ
鶴さへ遊ぶ心あるらし
- 歌の意味
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千年を経る松の茂る松が崎には、鶴までもが群れ集まって、遊ぶ心があるらしい。
- 鑑賞
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巻第十 神楽歌 607
詞書「安和元年大嘗会風俗:松が崎」
千年を経る松の茂る松が崎には、鶴までもが群れ集まって遊ぶ心があるらしいと詠む歌である。長寿の象徴である松と鶴を取り合わせ、めでたい鳥までも集い遊ぶさまに、御代の繁栄と長久を見ている。天禄元年の大嘗会の第六百十七首も松が崎を題とし、同じく鶴と松を詠んでいる。
詞書の「安和元年大嘗会風俗」は、冷泉天皇の即位に伴って安和元年に行われた大嘗会で奉られた風俗の歌であることを示す。大嘗会では、悠紀と主基に選ばれた国の地名を詠み込んだ歌が奉られ、ここから第六百八首まで、その国の山や浜の名を題とする歌が並ぶ。
作者の清原元輔は、清少納言の父で、梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進にあたった。三十六歌仙に数えられる。
初句「千歳経る」は、千年を経る、の意で、二句の「松」にかかる。
二句「松が崎には」は、松が崎には、の意で、題の地名である。第六百十七首の二句「松が崎には」と同じ句である。
三句「群れゐつつ」は、群れ集まって、の意で、「つつ」は継続を表す。
四句「鶴さへ遊ぶ」は、鶴までも遊ぶ、の意で、「さへ」は添加を表す副助詞である。第六百十七首の初句「鶴の住む」と、鶴を詠む点で共通している。
結句「心あるらし」は、心があるらしい、の意で、「らし」は根拠のある推定を表す助動詞である。
たづ:鶴。歌語として用いる
まつがさき:松が崎。題の地名
- 作者
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清原元輔
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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磨きける心もしるく鏡山 曇りなき世に逢ふが楽しさ
- 次の歌
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滞る時もあらじな近江なる おものの浜の海人のひつぎは