泉河のどけき水の底見れば
今年は影ぞ澄みまさりける
- 歌の意味
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泉川ののどかな水の底をのぞいてみると、今年は映る影がいっそう澄みまさっていることだ。
- 鑑賞
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巻第十 神楽歌 616
詞書「天禄元年大嘗会風俗:泉河」
泉川ののどかな水の底を見ると、今年は映る影がいっそう澄んでいると詠む歌である。新しい御代を迎えた今年、川の水がいっそう澄みわたるさまに、清らかに治まる御代のめでたさを見ている。第六百三首が野洲川の水の澄むさまを詠んだのと同じく、川の水の澄むことに御代の清らかさを重ねている。
詞書の「天禄元年大嘗会風俗」は、円融天皇の即位に伴って天禄元年に行われた大嘗会で奉られた風俗の歌であることを示す。ここから第六百十七首まで、前の安和元年の一連と同じく、地名を題とする歌が並び、同じ地名が二度の大嘗会で詠まれている。
作者の「かねもり」は平兼盛である。光孝天皇の流れをくむ篤行王の子で、臣籍に降って平氏となった。三十六歌仙に数えられ、天徳内裏歌合で壬生忠見と競った百人一首の「しのぶれど」の歌で知られる。
初句「泉河」は、泉川、の意で、題の地名である。
二句「のどけき水の」は、のどかな水の、の意で、穏やかな御代を思わせる。
三句「底見れば」は、底を見ると、の意で、「ば」は已然形について、〜したところ、の意を表す。
四句「今年は影ぞ」は、今年は映る影が、の意で、係助詞「ぞ」は結句の「ける」で結ぶ係り結びである。「影」には君の御影の意も重なる。
結句「澄みまさりける」は、いっそう澄んでいることだ、の意である。第六百三首の結句「澄みぞあひにける」と、水の澄むさまを詠む点で呼応している。
かげ:影。水に映る姿。君の恩恵の意も重なる
いづみがは:泉河。題の地名
- 作者
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平兼盛
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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名に立てる吉田の里の杖なれば つくとも尽きじ君が万代
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鶴の住む松が崎には並べたる 千代のためしを見するなりけり