めづらしき今日の春日の八乙女を
神もうれしと偲ばざらめや
- 歌の意味
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めったにない今日の春日の八乙女の舞を、神もうれしいと思って賞美なさらないことがあろうか、きっと賞美なさるだろう。
- 鑑賞
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巻第十 神楽歌 620
詞書「延喜二十年亭子院の春日に御幸侍りけるに、国の司二十一首歌詠みて奉りけるに」
めったにない今日の春日の八乙女の舞を、神もうれしいと賞美なさらないことがあろうかと詠む歌である。詞書から、延喜二十年に亭子院が春日に御幸した折、その国の国司が二十一首の歌を詠んで奉ったうちの一首とわかる。法皇の御幸という特別な日の神楽を、春日の神もきっと喜ばれるだろうと、晴れの場をたたえている。
本巻の巻末の歌である。巻頭の第五百七十六首が、神の御前で祭りを始めたのは誰の代かと神事の起こりを問うたのに対し、この歌は今日の祭りを神も喜ぶと詠み、神楽歌の巻を、神の祭りの始まりと今の喜びとで結んでいる。
作者の藤原忠房は、藤原興嗣の子で、右京大夫などを務めた。管絃にすぐれ、舞楽の曲を作ったと伝えられる。亭子院は宇多法皇である。
初句「めづらしき」は、めったにない、すばらしい、の意で、法皇の御幸という特別な日をいう。
二句「今日の春日の」は、今日の春日の、の意で、大和国の春日社の地をいう。
三句「八乙女を」は、神に仕えて神楽を舞う少女たちを、の意である。
四句「神もうれしと」は、神もうれしいと、の意で、前歌の第六百十九首の結句「見るぞうれしき」と、「うれし」の語を共有している。
結句「偲ばざらめや」は、賞美なさらないことがあろうか、きっと賞美なさるだろう、の意で、「め」は推量の助動詞「む」の已然形、「や」は反語を表す。
やをとめ:八乙女。神に仕えて神楽を舞う少女たち
しのぶ:偲ぶ。めでる、賞美する
みゆき:御幸。上皇や法皇の外出
- 作者
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藤原忠房
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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大汝少御神の作れりし 妹背の山を見るぞうれしき
- 次の歌
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恋すてふ我が名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか