古典和歌stream

色ならば移るばかりも染めてまし
思ふ心を知る人のなさ

歌の意味
思う心が色であるならば、あの人に移るほどに染めてしまうだろうに。思う心を知ってくれる人のいないことよ。
鑑賞
巻第十一 恋歌一 623

詞書「題しらず」
 恋しく思う心が色であるならば、相手に移るほどに染めてしまうのに、思う心を知ってくれる人のいないことよ、と詠む歌である。心が目に見える色であれば相手を染めて伝えることもできるのにと、目に見えない恋心のもどかしさを表している。前の二首が恋が色に出てしまうことを詠んだのに対し、この歌は色に出ない心を嘆いており、「色」をめぐって反転した趣向となっている。
 作者の紀貫之は、古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
 なお本文の結句は「しる人のなさ」とあり、読み仮名の行の「しるひとのなき」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。

 初句「色ならば」は、色であるならば、の意で、「ば」は未然形について仮定を表す。前歌の第六百二十二首の二句「色に出でにけり」の「色」を受けている。
 二句「移るばかりも」は、相手に移るほどに、の意で、色が他の物に染み移ることをいう。
 三句「染めてまし」は、染めてしまうだろうに、の意で、「まし」は反実仮想の助動詞である。ここで句切れとなる三句切れの歌である。「移る」「染め」は「色」の縁語である。
 四句「思ふ心を」は、恋しく思う心を、の意で、第六百三十三首の二句、第六百三十四首の四句の「思ふ心の」と同じく、思う心そのものを詠んでいる。
 結句「知る人のなさ」は、知ってくれる人のいないことよ、の意で、形容詞「なし」に接尾語「さ」がついた名詞で言い切り、詠嘆を込めている。

うつる:移る。色が他の物に染み移る
そむ:染む。色をしみこませる
作者
紀貫之
出典
拾遺和歌集
前の歌
忍ぶれど色に出でにけり我が恋は 物や思ふと人の問ふまで
次の歌
忍ぶるも誰ゆゑならぬものなれば 今は何かは君に隔てむ