榊葉の春さす枝のあまたあれば
とがむる神もあらじとぞ思ふ
- 歌の意味
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榊葉の、春になって伸びる枝が数多くあるように、あなたが心を寄せる人は数多くいるのだから、私がなびかなくても、とがめる神もないだろうと思う。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 658
詞書「返し」
榊の春に伸びる枝が数多くあるように、あなたが思いを寄せる人は多いのだから、とがめる神もいないだろうと切り返す歌である。詞書から、前歌の第六百五十七首への返しとわかる。前歌の詞書の榊と、歌の「神」を受け、枝の多さに相手の思いを寄せる女の多さをよそえて、神を持ち出した求愛を軽くかわしている。
初句「榊葉の」は、榊の葉の、の意で、前歌の第六百五十七首の詞書の榊を受けている。
二句「春さす枝の」は、春になって芽を伸ばす枝の、の意で、「さす」は枝や芽が伸び出る意と解される。
三句「あまたあれば」は、数多くあるので、の意で、相手が思いを寄せる女の多いことをよそえている。
四句「とがむる神も」は、とがめる神も、の意で、前歌の二句「神も知るらむ」を受けている。
結句「あらじとぞ思ふ」は、いないだろうと思う、の意で、「じ」は打消推量の助動詞、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「思ふ」で結ぶ係り結びである。
さす:枝や芽が伸び出る
とがむ:咎む。とがめる、非難する
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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大原の神も知るらむ我が恋は 今日氏人の心やらなむ
- 次の歌
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天地の神ぞ知るらん君がため 思ふ心の限りなければ