逢ふことはかたゐざりするみどり子の
たたむ月にも逢はじとやする
- 歌の意味
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逢うことは難しいと言うあなたは、片膝をついていざり歩きをする幼子が立つようになる月、すなわち新しい月が立つ頃になっても、逢うまいとするのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 679
詞書「題しらず」
逢うことは難しいとして、いざり歩きをする幼子が立つようになる月が来ても、逢うまいとするのだろうかと詠む歌である。「かた」に逢うことが「難し」の意と、片膝でいざる「片居ざり」の「片」を掛け、「たたむ」に幼子が「立たむ」と月が「立たむ」を重ねて、いつまでも逢おうとしない相手を、機知に富んだたとえで恨んでいる。前歌の第六百七十八首に続き、「逢ふこと」で始まる歌である。
作者の「かねもり」は平兼盛である。光孝天皇の流れをくむ篤行王の子で、臣籍に降って平氏となった。三十六歌仙に数えられ、天徳内裏歌合で壬生忠見と競った百人一首の「しのぶれど」の歌で知られる。
初句「逢ふことは」は、逢うことは、の意で、前歌の第六百七十八首の初句「逢ふことの」と同じく「逢ふこと」で始まっている。
二句「かたゐざりする」は、「かた」が逢うことが「難し」の意と、「片居ざり」の「片」を掛ける掛詞である。「かたゐざり」は膝をついていざって進むことをいう。
三句「みどり子の」は、幼子の、の意である。
四句「たたむ月にも」は、「たたむ」が幼子が「立たむ」の意と、新しい月が「立たむ」の意を掛ける掛詞である。
結句「逢はじとやする」は、逢うまいとするのだろうか、の意で、「じ」は打消意志の助動詞、係助詞「や」は疑問を表し、連体形の「する」で結ぶ係り結びである。
かたゐざり:「片居ざり」と、逢うことが「難し」の意を掛ける
みどりご:みどり子。幼子
たつ:幼子が「立つ」意と、月が改まる意の「立つ」を掛ける
ゐざる:居ざる。膝をついたまま進む
- 作者
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平兼盛
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし
- 次の歌
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逢ふことを月日に添へて待つ時は 今日行く末になりねとぞ思ふ