逢ふことを月日に添へて待つ時は
今日行く末になりねとぞ思ふ
- 歌の意味
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逢うことを、月日を重ねながら待っている時には、今日という日が、そのまま約束の行く末になってほしいと思う。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 680
詞書は前の歌に続き「題しらず」
逢う日を、月日を重ねて待っている時は、今日がすぐにその行く末の日になってほしいと思うと詠む歌である。先の約束の日を待ちきれず、時が一足飛びに過ぎてほしいと願う、待つ身のもどかしさを表している。前歌の第六百七十九首の「たたむ月」を受けて月日を詠み、初句の「逢ふことを」は第六百二十六首、次歌の第六百八十一首と同じである。
初句「逢ふことを」は、逢うことを、の意で、第六百二十六首、次歌の第六百八十一首の初句と同じ句である。
二句「月日に添へて」は、月日を重ねながら、の意である。
三句「待つ時は」は、待っている時は、の意で、第六百二十六首の二句「まつにて年の」と同じく、待つ恋を詠んでいる。
四句「今日行く末に」は、今日が将来の日に、の意で、第六百八十三首の初句「行く末は」と同じ語を用いている。
結句「なりねとぞ思ふ」は、なってしまえと思う、の意で、「ね」は完了の助動詞「ぬ」の命令形、係助詞「ぞ」を受けて連体形の「思ふ」で結ぶ係り結びである。
ゆくすゑ:行く末。将来、先の時
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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逢ふことはかたゐざりするみどり子の たたむ月にも逢はじとやする
- 次の歌
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逢ふことをいつとも知らで君が言はむ ときはの山のまつぞ苦しき