逢ふことをいつとも知らで君が言はむ
ときはの山のまつぞ苦しき
- 歌の意味
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逢うことを、いつとも知らないままで、あなたが言うであろうその「時は」を、常盤の山の松のように待ち続けるのは、苦しいことだ。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 681
詞書は前の歌に続き「題しらず」
いつ逢えるかもわからないまま、あなたが言うであろうその時を、常盤の山の松のように待ち続けるのは苦しいと詠む歌である。「ときは」に、あなたが言う「時は」と、山城国の「常盤」の山を掛け、「まつ」に「松」と「待つ」を掛けて、いつまでも緑を変えない常盤の松のように、果てもなく待たされる身のつらさを表している。前歌の第六百八十首に続き待つ恋を詠み、第六百二十六首の「まつにて年の経ぬるかな」と同じく「松」と「待つ」を掛けている。
初句「逢ふことを」は、逢うことを、の意で、前歌の第六百八十首の初句と同じ句である。
二句「いつとも知らで」は、いつとも知らないで、の意で、「で」は打消の接続助詞である。
三句「君が言はむ」は、あなたが言うであろう、の意で、「む」は推量の助動詞の連体形で、四句の「時は」にかかっている。
四句「ときはの山の」は、「ときは」が、あなたが言う「時は」の意と、山城国の「常盤」の山を掛ける掛詞である。
結句「まつぞ苦しき」は、「まつ」が常盤の山の「松」と「待つ」を掛ける掛詞である。係助詞「ぞ」を受けて形容詞の連体形「苦しき」で結ぶ係り結びである。第六百二十六首の二句「まつにて年の」と同じ掛詞を用いている。
ときは:あなたが言う「時は」と、山城国の「常盤」の山を掛ける
まつ:常盤の山の「松」と、「待つ」を掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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逢ふことを月日に添へて待つ時は 今日行く末になりねとぞ思ふ
- 次の歌
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命をば逢ふにかふとか聞きしかど 我やためしに逢はぬ死にせん