恋ひつつも今日は暮らしつ霞立つ
明日の春日をいかで暮らさん
- 歌の意味
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恋い慕いながらも、今日はなんとか暮らした。霞の立つ明日の長い春の一日を、どうやって暮らしたらよいのだろう。
- 鑑賞
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巻第十一 恋歌一 695
詞書は前の歌に続き「題しらず」
恋い慕いながらも今日はなんとか暮らしたが、霞の立つ明日の長い春の日をどうやって過ごしたらよいのだろうかと詠む歌である。日の長い春の一日を持て余すほどの恋の苦しさを、今日と明日の対比で表している。前歌の第六百九十四首の昨日と今日を受け、今日と明日へと時を進めている。次歌の第六百九十六首と初句と結句を同じくし、二首が対をなしている。万葉集の巻十に、ほぼ同じ形の歌が見える。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。持統天皇、文武天皇の時代に仕えた宮廷歌人で、歌聖と称される。
初句「恋ひつつも」は、恋い慕いながらも、の意で、次歌の第六百九十六首の初句と同じ句である。
二句「今日は暮らしつ」は、今日は暮らした、の意で、「つ」は完了の助動詞である。ここで句切れとなる二句切れの歌である。前歌の第六百九十四首の四句「今日や我が身の」を受けている。
三句「霞立つ」は、霞の立つ、の意で、四句の「春日」にかかる。
四句「明日の春日を」は、明日の春の長い一日を、の意である。
結句「いかで暮らさん」は、どうやって暮らそうか、の意で、「ん」は推量の助動詞の連体形である。次歌の第六百九十六首の結句「いかで暮らさむ」と同じ句である。
はるひ:春日。春の日。日の長い春の一日
くらす:暮らす。日が暮れるまで過ごす
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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わびつつも昨日ばかりは過ぐしてき 今日や我が身の限りなるらん
- 次の歌
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恋ひつつも今日はありなん玉くしげ 明けん朝をいかで暮らさむ