春の野に生ふるなきなのわびしきは
身をつみてだに人の知らぬよ
- 歌の意味
-
春の野に生える菜ではないが、身に覚えのない浮き名が立つのがつらいのは、我が身をつねってみてさえ、人がこの痛みを知ってくれないことだ。
- 鑑賞
-
巻第十二 恋歌二 698
詞書「題しらず」
春の野に生える菜にちなんで、身に覚えのない浮き名が立つつらさを、我が身をつねってさえ人には知ってもらえないと嘆く歌である。「なき名」に春の野の「菜」を、「つみ」に菜を「摘み」と身を「抓み」を掛け、若菜摘みの景物に、無実の噂に苦しむ心を託している。我が身をつねって人の痛さを知れという言い習わしを踏まえ、自分の痛みを人は思いやってくれないと訴えている。
恋歌二の巻頭の歌である。ここから第七百六首まで、身に覚えのない浮き名である「なき名」を詠む歌が続く。巻末の第七百七十六首が秋の物嘆かしさを詠むのに対し、巻頭は春の野を詠み、春から秋へと移る季節の景物で巻の始めと終わりが呼応している。
初句「春の野に」は、春の野に、の意で、若菜を摘む春の野を思わせる。
二句「生ふるなきなの」は、「なきな」が身に覚えのない評判の「無き名」と、野に生える「菜」を掛ける掛詞である。次歌の第六百九十九首の初句「なき名のみ」と、なき名の語を共有している。
三句「わびしきは」は、つらいのは、の意である。
四句「身をつみてだに」は、「つみ」が菜を「摘み」と、身を「抓み」を掛ける掛詞で、我が身をつねってさえ、の意である。「だに」は、さえ、の意を表す副助詞である。本巻の第七百三十首の初句「身をつめば」と同じ言い回しを用いている。
結句「人の知らぬよ」は、人が知ってくれないことよ、の意で、「よ」は詠嘆を表す。
なきな:身に覚えのない評判の「無き名」と、野に生える「菜」を掛ける
つむ:菜を「摘む」意と、身を「抓む」(つねる)意を掛ける
おふ:生ふ。生える
- 作者
-
よみ人しらず
- 出典
-
拾遺和歌集
- 前の歌
-
君をのみ思ひかけごの玉くしげ 明け立つごとに恋ひぬ日はなし
- 次の歌
-
なき名のみたつたの山の青つづら 又くる人も見えぬ所に