無き名のみたつの市とは騒げども
いさまだ人をうるよしもなし
- 歌の意味
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身に覚えのない浮き名ばかりが辰の市のように立っていると世間は騒ぐけれども、さあ、まだあの人を得るすべもない。
- 鑑賞
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巻第十二 恋歌二 700
詞書は前の歌に続き「題しらず」
身に覚えのない浮き名ばかりが、辰の市のように立っていると世間は騒ぐが、まだ相手を得るすべもないと詠む歌である。「たつ」に浮き名が「立つ」と「辰の市」を、「うる」に市で物を「売る」と人を「得る」を掛け、市のにぎわいに噂の騒がしさを重ねている。噂だけが先に立ち、実際には恋は少しも進んでいないことを、おどけた調子で嘆いている。
作者の「人麿」は柿本人麻呂である。飛鳥時代の宮廷歌人で、万葉集を代表する歌人として歌聖と仰がれ、三十六歌仙に数えられる。拾遺和歌集には、万葉集の歌が人麻呂の作として多く収められている。
初句「無き名のみ」は、身に覚えのない浮き名ばかりが、の意で、前歌の第六百九十九首の初句「なき名のみ」と同じ句である。
二句「たつの市とは」は、「たつ」が浮き名が「立つ」と、大和国の市である「辰の市」を掛ける掛詞である。前歌の二句「たつたの山の」と、同じ「たつ」の掛詞を用いている。
三句「騒げども」は、世間が騒ぐけれども、の意で、「ども」は逆接を表す。市のにぎわいと噂の騒がしさを重ねている。
四句「いさまだ人を」は、さあ、まだ人を、の意で、「いさ」は相手の言葉を軽く打ち消す語である。
結句「うるよしもなし」は、「うる」が市で「売る」と、人を「得る」を掛ける掛詞で、「市」の縁語となっている。
たつのいち:辰の市。大和国にあった市。浮き名が「立つ」意を掛ける
うる:市で「売る」意と、人を「得る」意を掛ける
よし:由。手立て、方法
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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なき名のみたつたの山の青つづら 又くる人も見えぬ所に
- 次の歌
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なき事をいはれの池の浮きぬなは くるしきものは世にこそありけれ